甲状腺疾患は、内分泌疾患の中で糖尿病についで2番目に多い病気です。その頻度について多くの報告があります。従来の報告は、集団検診による甲状腺疾患の頻度についての報告が主でありました。その中でも有名なのは信州大学 丸地先生の1978年のデータがあります。それによると人口1000人に対し、バセドウ病0.8人、橋本病1.8人、単純性甲状腺腫22.1人、甲状腺癌1.3人、甲状腺良性腫瘍6.9人が見つかっています。それに対し、大阪のすみれ病院の浜田先生は、一般外来を受診した1489名についてどのくらい甲状腺疾患がみつかったかについて、1995年に報告されました。それによると甲状腺中毒症0.47%、甲状腺機能低下症0.47%、甲状腺癌0.40%で合わせて1.34%の一般外来患者に治療が必要な甲状腺疾患があるというものでありました(77人に1人)。さらに驚くことに、治療を必要としない症例も、あわせると196名(13.2%)に甲状腺疾患を認めたということです。さて、ここでは比較的出現頻度の高い、甲状腺機能亢進症(バセドウ病)、甲状腺機能低下症、甲状腺良性腫瘍、甲状腺癌、慢性甲状腺炎(橋本病)および特殊な疾患(亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎)について説明します。
●問診・視診・触診
この3つの診察はどの病気に対しても必要ですが、特に甲状腺疾患では重要になります。それは問診だけで甲状腺機能が亢進か低下かがわかることが多いからです。また亜急性甲状腺炎は特有な痛みや発熱の有無でほとんど診断が可能です。視診でも甲状腺が大きいか小さいか、部分的に大きい(結節性)か、全体的に大きい(びまん性)かがわかります。また腫瘍の診察では触診で、良性か癌かがわかることも多いからです。
●血液検査
昔は直接甲状腺機能を直接に測定することができませんでした。したがって前日から入院をしていただき、朝安静状態で基礎代謝を測定したり、海草制限食を1週間行いヨード摂取率を測定して甲状腺機能を評価していました。しかし現在では血液検査で正確に甲状腺機能がわかるようになっています。従ってほとんどの甲状腺疾患の検査は外来で可能です(一部特殊な診断時に海草制限要)。
(1)FT4(基準値0.70〜1.48ng/dl)
甲状腺ホルモンの一種。T4とT3は、血中ではほとんどが蛋白と結合している。T4の0.02%にあたる遊離T4(FT4)が生物活性をもつ。高値の時は機能亢進、低値の時は低下症を念頭におく。
(2)FT3(基準値1.71〜3.71pg/dl)
T3の0.2%が遊離型(FT3)として存在し、強い生物活性を有する。甲状腺機能亢進症の治療の経過で、FT3はFT4に遅れて正常化するため、治癒判定の指標として役に立つ。
(3)TSH(基準値0.35〜4.94μIU/ml)
甲状腺刺激ホルモンの略。脳下垂体から分泌されて、甲状腺でのホルモン合成と分泌を促進する。甲状腺機能低下症では高値、甲状腺機能亢進症では低値となる。
(4)Tg(基準値O.3〜33.7ng/ml)
サイログロブリン(Tg)は甲状腺内で作られる甲状腺ホルモンの前駆物質。甲状腺分化癌や炎症で上昇し、甲状腺全摘で低下する。
(5)TRAb(基準値1.0%未満)
TSH受容体抗体。TBIIとも略す。TSH受容体はTSHが結合すると活性化される。TRAbはTSHが受容体に結合する事を阻止し、また一部が受容体を刺激して甲状腺機能亢進症を引き起こす。この他にTSH刺激性自己抗体(TSAb)も測定される
(6)甲状腺自己抗体
サイロイド抗体、マイクロゾーム抗体、抗サイログロブリン抗体(Tg-Ab)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO-Ab)等があり、いずれも甲状腺機能亢進症や慢性甲状腺炎の確定診断に重要な役目がある。
●画像検査
(1)シンチグラフィー
甲状腺は血中の種々の物質を取り込む。その性質を利用して、ヨード123、ヨード131、テクネシウム、タリウム、MIBI、ガリウム等の放射性医薬品を用い、甲状腺疾患の性質、大きさ、部位、転移の有無等の診断および治療を行う。また画像診断ではないが甲状腺に取り込まれる率(摂取率)を測定することで甲状腺の機能を知る事が出来る。ヨードの検査では1週間のヨード食制限が必要である。ヨード131は半減時間、被爆量の問題より、治療に用いられることが多い。代表的な疾患では
甲状腺機能亢進症(バセドウ病) | ・均一腫大・摂取率高値 |
無痛性甲状腺炎 | ・抽出不良・摂取率低値 |
亜急性甲状腺炎 | ・抽出不良・摂取率低値 |
甲状腺癌 | ・抽出なし・摂取率正常か低値 |
腺種(非機能性) | ・抽出なし・摂取率正常 |
腺腫(機能性) | ・抽出あり・摂取率正常か高値 |
(2)超音波検査
(3)CT、MR、PET
●細胞診
甲状腺疾患特に腫瘍の診察に際して、腫瘍が良性か悪性(癌)かを知ることは治療法の決定に大変大切であります。以前は切開生検や太い針による針生検が行われていました。1981年からは、細い注射針による穿刺吸引細胞診が行われるようになりました。本法は針生検より精確に癌かどうかの診断がつき、治療法決定に欠かすことの出来ない検査であります。患者さんの負担も少なく痛みや危険もほとんどありません。
●甲状腺腫瘍
甲状腺腫瘍の分類については1977年より甲状腺外科を取扱う研究会で検討されてきました。そしてその成果が甲状腺癌取扱い規約として金原出版KKより発行されています。最近のものは2005年9月の第6版であります。この規約を利用することで腫瘍の診断や治療について全国の臨床医が同じ基準で成績等を論ずることが出来るようになりました。
(1)良性腫瘍
甲状腺より発生する良性腫瘍は多い疾患であり、その頻度については先に記した通りです。病理学的な分類としてはろほう腺腫を主体とする真の腫瘍と外見は腫瘍とほとんど同じように頚部の”はれ”をきたす腺腫様甲状腺腫があります。腺腫様甲状腺腫は顕微鏡でみると良性腫瘍とは違って過形成という増殖をするために腫瘍様病変として分類されますが、患者さん側からみた時は同じものと考えて良いと思います。この病気の診断は視診、触診、超音波検査の順に検査を行い、最終的に細胞診検査になります。細胞診を行うことで、ほとんどの例で良性か悪性かの診断がつきます。しかし甲状腺癌の5%をしめるろほう癌で、ろほう癌とろほう腺腫の区別のつきにくいケースがあります。従って1回の細胞診検査で良性と診断されてもその後の定期的診察が必要となります。甲状腺良性腫瘍の治療は必ずしも外科的治療つまり手術が全てではありません。定期的に経過を見る”様子見治療”や甲状腺ホルモン剤を内服する治療やエタノール注入療法等もあります。手術が必要なケースは以下の通りです。
・腫瘍が周りの臓器を圧迫して見苦しさや物が飲み込みにくいとき
・径が5cmを超える大きいとき
・癌が合併している可能性があるとき
・美容上気になるとき
手術を受ける側からは大変心配だと思いますが経験をつんだ医師が執刀すれば出血もほとんどなく傷も美容上問題なく1週間程で退院可能です。
(2)乳頭癌
甲状腺にできる癌のうち、一番多く約90%がこの癌です。顕微鏡で見ると乳頭状になっているためこう呼ばれます。発生の原因は不明です。性格がおとなしく進行が遅いので体の中にできる癌の中で最も予後(治療成績)の良い腫瘍です。近くの頚部リンパ節には転移しますが肺や骨、脳への転移はほとんどありません。この病気の診断については血液検査、超音波検査にひきつづき細胞診検査で確定されます。以前はほとんど全ての例で手術が行われていましたが近年10mm(1cm)以下の小さい癌(微小癌)は非常に進行が遅いことが判明いたしました。従って微小癌の場合は患者さんの判断で定期的経過観察を行うことも出来るようになりました。経過観察中にしこりが大きくなったりリンパ節に転移が認められた時に手術を行います。例外として声帯を動かす神経の近くにある時は手術が優先されます。
手術の方法は部分的に悪い所だけをとる方法、左右いずれか半分の甲状腺をとる方法、甲状腺全部をとる方法を病気の進行をみて決定いたします。リンパ節をきれいにする手術も同時に行います。
当院では全例全身麻酔をかけて手術を行っています。入院期間は1週間で輸血は必要ありません。手術の後は再発の防止を目的として甲状腺ホルモン剤を内服していただきますが副作用はありません。全例、患者さん御自身に癌である旨告知しております。
(3)濾胞癌
濾胞(ろほう)癌は乳頭がんに次いで多く甲状腺癌の約5%に認められます。多くの例は進行が遅く性格もおとなしいのですが一部の例で肺や骨に転移いたします。診断をつける際に細胞診検査を行いますが、この癌は良性の濾胞腺腫と細胞の姿が似ているために診断困難な場合があります。最終的には手術摘出標本の病理検査で腫瘍の被膜を破っているか血管の中に侵出している像で診断を行います。細胞診で良性という結果であっても腫瘍が硬い場合、周囲にくっついている場合、だんだん大きくなっている場合、大きさが4~5cm以上の時にはこの病気を疑い手術が必要になります。転移がある場合には甲状腺を全部摘出した後にアイソトープ検査及びアイソトープ治療が必要となります。
(4)甲状腺髄様癌
甲状腺癌の1~2%で認められます。甲状腺のC細胞と呼ばれるカルシトニンという物質を作る所から発生いたします。遺伝的因子がなく1人だけに発生する散発性の方と遺伝的因子があり家族性に発生する方があります。従ってこの癌の場合は本人が治療を受けることは当然ですが家族の方も血液検査を受ける必要があります。また時に甲状腺以外の副腎や副甲状腺へ合併病変が認められることがあります。散発性の場合は乳頭癌に準じてその広がりに応じた切除を行いますが家族性の場合は甲状腺全摘出を行います。治療成績は良いので正しい治療を受ければ心配はありません。
(5)未分化癌
甲状腺癌の1%に認められる非常に悪性度の高い癌です。偶然に他の甲状腺の病気で手術を受けた時に未分化癌が一部に発見されて長期生存が出来た例はありますが多くの方は6ヶ月から1年以内に死亡されることが多い病気です。高齢者に多くみられ、しこりが急に大きくなったと訴えられる方がほとんどです。しこりに加えて痛みや、かすれ声、呼吸困難を訴える方もあります。診断が確定したら長期的に生存していただくためにも、ただちに外科医と放射線治療及び化学療法が施行できる医師との連携が必要となります。
(6)甲状腺悪性リンパ腫
甲状腺悪性腫瘍の2~3%に認められます。慢性甲状腺炎(橋本病)を背景として発生します。慢性甲状腺炎の治療中に甲状腺が大きくなってきた時にこの病気を疑います。大きくなるスピードが大きく数週間で大きくなるケースや1年以上かけてゆっくり大きくなるケースもあります。いずれにせよ息苦しさを認める時は次回の定期診察をまたずに早期の受診が必要です。細胞診で確定診断がついた時には一部の組織の生検を受けた後に化学療法と放射線治療を行います。適切な治療で根治が望める病気です。5年生存10年生存率も50~80%と報告されています。
●甲状腺機能亢進症
<<はじめに>>
甲状腺腫、頻脈、眼球突出の3つを主徴とする甲状腺機能亢進症はわが国ではバセドウ病とも呼ばれ諸外国ではグレーブス病と呼ばれています。原因は現在不明ですが患者さん自身の体の中で作られる甲状腺刺激物質(TRAb)が関与しています。現在甲状腺ホルモンの合成をしにくくする薬は出来ているため、この病気にかかっても容易に血液のホルモン値を正常化することは出来ますがTRAbを正常化する薬がないため治療が長期におよぶ事も多いのです。
<<症状及び診断>>
甲状腺の腫大、頻脈、眼球突出以外にも汗が多い、体重減少、食欲の亢進、手のふるえなども多い症状です。血液検査を行い血中の甲状腺ホルモン値が上昇していることがわかりますので診断は容易につくのですが、なかなか診断がつかないケースもあります。血液検査で診断が確定したら治療にはいりますが、その前に超音波だけは必要な検査になります。それはこの病気の時に甲状腺の腫瘍が合併することも多いためで腫瘍のあるなしで甲状腺機能亢進症の治療方針が異なるからです。
<<治療>>
治療法には内科的治療、アイソトープ治療と外科的治療の3種類があります。時代によって、また国によって治療法のどれを第一選択にするかが違っています。
(1)内科的治療
薬を内服して治す方法です。一般的には抗甲状腺剤と呼ばれる甲状腺ホルモンの合成を阻止する薬が中心になります。現在はメルカゾールとチウラジールという2種類の薬があります。決められた量の薬を服用することで甲状腺内でのホルモン合成が抑制され血中に分泌されるホルモン量が下がり血中のホルモン値が正常化されます。これらの薬には発生頻度は非常に少ないのですが白血球減少という重篤な副作用があります。内服を開始する前によく説明を受け、また発熱時は薬の中止と血液検査を受けてください。(メルカゾールでは2001年4月から2004年1月の間に76名で白血球が減少し、うち5名が死亡したという日本での統計があります)
内服を開始してから1~3ヶ月後にはホルモン値が正常化します。自覚症もなくなり体調は大変良くなりますが完治したわけではありませんのでその後何年かにわたり長期的な服薬が必要となります。症状が落ち着けば2~3ヶ月に1回の通院になりますので主治医と良く相談の上、途中で治療が中断されないよう注意ください。
(2)アイソトープ治療
アメリカやカナダでは第一選択となる治療法です。日本やヨーロッパでは内科的治療がまず選択されます。放射性ヨードの入ったカプセルを内服します。体内に取り込まれた放射性ヨードは甲状腺に選択的に摂取されβ腺を照射しますがその飛射距離はわずか2mm以内のため周囲の臓器には影響がないといわれています。アイソトープ治療後一時寛解したらその後再発することは非常にまれです。むしろ寛解後は晩発性の機能低下症が出現することが多いからです。そのために生涯にわたり年1~2回の血液検査は必要で、もし低下症が出現したら甲状腺ホルモン剤の内服治療が必要となります。小児・妊婦等採乳中以外の方はこの治療の対象となります。
(3)外科的治療
手術治療は甲状腺機能亢進症を短期間に治療できる極めて有効な方法で多くの症例がこの治療を受けてきました。ところが近年、前に述べたTRAbが測定されるようになり本治療法の適応が変わってきました。以前は挙児を希望する若い女性が将来の妊娠時に胎児に影響がでるかも知れない抗甲状腺剤の内服を避けるために手術を受けてきました。現在では抗甲状腺剤の胎児への害はほとんどなく、外科的治療後には尚高値をつづけるTRAbの方が胎児への悪影響があることがわかったからです。従って現時点では甲状腺が非常に大きく内服薬の無効なケース、抗甲状腺剤で副作用があったケースや癌を含めた腫瘍の合併したケースなどに限られるようになりました。当院でも手術は必要に応じ行っております。入院期間は約1週間、全身麻酔下で60~90分間の手術です。術後の傷はほとんど目立たないように処置できるようになりました。
●甲状腺機能低下症
<<はじめに>>
甲状腺は血中から無機ヨードを取り込む。甲状腺内で無機ヨードは有機化され、蛋白サイログロブリンに結合した後、ヨードを4個もつサイロキシン(T4)及び3個もつトリヨードサイロニン(T3)になる。血中分泌されたT4とT3の99.9%はサイロキシン結合蛋白(TBG)やアルブミンに結合され貯蔵される。蛋白に結合していない遊離T4(FreeT4)と遊離T3(FreeT3)は末梢で甲状腺ホルモンとしての機能を発揮する。これらは下垂体前葉から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によりコントロールされている。この章で述べる甲状腺機能低下症の治療は130年前の1880年代にスタートした。また、今日では先天性甲状腺機能低下症(クレチン病)の出産時スクリーニングも行われるようになり、5000人に1人のクレチン病の新生児も現在では正常に発育できるようになった。一応成人の甲状腺機能低下症は人口の0.5~1%に認められる。その治療は甲状腺ホルモンの補充治療であり、原因治療ではない。そのために終生にわたり甲状腺ホルモン剤の内服治療を要することも多い。
<<原因疾患>>
(1)原発性(甲状腺に原因がある)
a)慢性甲状腺炎(橋本病)
b)持発性甲状腺機能低下症
c)甲状腺摘出術後
d)放射性ヨード治療後
e)亜急性甲状腺炎
f)無痛性甲状腺炎
g)その他
(2)2次性(視床下部・下垂体性)
a)腫瘍
b)下垂性摘出術後
c)放射線照射後
d)シーハン症候群(分娩時大出血)
e)その他
これらの疾患のうちで甲状腺機能低下症の最も多いのが慢性甲状腺炎による例である。
<<臨床所見>>
自覚症状としては、便秘、寒がり、全身倦怠感、むくみ、嗄声、こむら返り、記銘力低下などがある。強度の低下症では口のろれつが回りにくくなることもある。他覚的には眼瞼のむくみ、皮膚乾燥、嗄声、動作緩慢などがある。検査値の異常は甲状腺ホルモン(FT4,FT3)の低下と、TSHの上昇が認められるが、コレステロールの異常高値(300以上)で発見されることも多い。TSHのみの上昇でFT4,FT3が正常の軽度の低下症(潜在性)からFT4,FT3の著明低下を認める重症例まで発見の時期はさまざまである。
<<治療>>
慢性甲状腺炎の一部の例で可逆的な事があるがほとんどの例は非可逆的で、長期にわたる甲状腺ホルモンの補充を必要とする。使用する薬剤としてはT4製剤であるチラーヂンS錠を用いることが多く、TSHを指標に用いて機能を正常に保つようにする。潜在性の低下症であってもTSHが10~20μU/mlを超えれば補充治療法を考慮する。チラーヂンS錠の使用量は25~200μg/日であるが腸管からの吸収率の変化、体重の変化や加齢による維持量の変化に対応するように年に1~2回の血液検査は必須である。
<<甲状腺ホルモン剤の種類>>
(1)T4、T3製剤
a:乾燥甲状腺末(チラーヂン末)
b:チレオイド錠(1錠50mg:2007年生産終了)
1日15~40mgより開始、維持量は1日40~200mg
(2)T4製剤
チラーヂンS錠(25 50 100):1錠25μg 50μg 100μg
1日25~50μgより開始、維持量は1日25~200μg(0.025~0.2mg)
※別に乳幼児用に10000倍散があり、またジェネリック製品として(2006.7~)レボチロキシンNa錠25 50がある。
(3)T3 製剤
チロナミン錠(1錠5μg 25μg)
1日5~25μgより開始、維持量は25~75μg/日
T4の血中半減期は7日間であるのに対してT3の血中半減期は1日間と短い。速効を期待してT3製剤を用いることもあるが一般的には安定した持続的効果を求めてチラーヂンS錠を使用することがほとんどである。
●甲状腺の炎症
(1)急性甲状腺炎
急性甲状腺炎は急性化膿性甲状腺炎とも呼ばれる。古くから感染ルートが不明で小児領域で感染することが多い、甲状腺の細菌感染症とされてきた。
1979年に、食道造影により下咽頭梨状窩より甲状腺に至る先天的に遺残した瘻が発見され、高井(阪大2外)、宮内(香川大2外)、松塚(隈病院)らにより報告された。
小児期に初発することが多く、左側がほとんどである。抗生剤の投与や切開排膿で寛解する例もあるが、根治的には、梨状窩から甲状腺に至る瘻孔を切除することが必要である。最近は化学的焼灼法も報告されている。
(2)亜急性甲状腺炎
甲状腺に痛みを伴う疾患の中でも頻度が高いので重要である。ウィルスが原因とされているが証明させていない。また遺伝的素因も不明である。
発熱、疼痛を前駆症状とするため感冒ないし上気道炎として治療を受けるも軽快せず1~2ヶ月間も苦しむ症例も多い。有痛性の腫瘤を認め中年女性に多い。一回治癒すると再発することは少ないが、治療の経過中に痛みの部位が 右→左、 左→右 と反対側に移動することは多い。
血液検査で CRP FT4 FT3 Tg の上昇と TSH の低下を認めるが、バセドウ病と異なり TRAb は陰性でメルカゾールも無効である。痛みが弱い時は非ステロイド性鎮痛薬を用いるが、痛みが強くてステロイド剤(プレドニン、リンデロン等)を処方することが多い。これにより1~3日で痛みは消失し腫瘤も2~4週で消失する。予後は良好だが、稀に永久性の甲状腺機能低下症に移行することがある。また治癒後1年位は超音波検査では炎症所見を認めることも多い。
(3)慢性甲状腺炎
慢性甲状腺炎は橋本病とも呼ばれます。1912年日本の橋本先生がドイツの外科雑誌に世界にさきがけ報告されたためです。女性の20~30人に1人が罹患しているという統計が多く、全甲状腺疾患の中で最も頻度が高く、男女比は1対20とされています。自己の甲状腺組織をリンパ球が破壊する慢性炎症が生ずる自己免疫疾患です。以前は甲状腺の腫大が目立つ中年以上の女性に多かったが最近は健診やドックにおける自己抗体やTSHの測定より若年者にも多く見つかるようになっています。発症が確定しても治療が必要とされる甲状腺機能低下症は10~20%の頻度であり、低下症があれば甲状腺ホルモン剤の服用が必要となるが、服用により手足のむくみ、寒がり、体重増加、かすれ声等の症状は消失します。
自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗TPO抗体、サイロイド抗体、マイクロゾーム抗体)の測定で確定診断が行われます。橋本病と診断されたときは将来低下症に進行しないよう昆布、イソジン等のヨードの多い物の摂取はひかえてください。また甲状腺が、急速に増大した時は悪性リンパ腫という病気を考える必要があります。橋本病は難病ではありません。自己抗体価が高くても全身の臓器には影響ありませんので心配ありません。甲状腺機能が変化することがありますので6~12ヶ月に1度は定期検査を受けてください。
(付)橋本病という名の由来
人病のついた病名や症候群は約200あります。
日本人の名前が病名になっているのは、橋本病の他、川崎病や高安病が有名です。橋本策(はかる)は1881年三重県阿山群西柘植村で生まれました。4代つづいた医系の橋本謙之助の3男です。1912年京都帝大福岡医学校を卒業後同第一外科でこの病気を発見しドイツの医学雑誌に発表しました。その後ドイツに留学しましたが第一次世界大戦のために1916年に帰国し家業の橋本病院の院長に就任しました。
1934年に腸チフスに罹患し52才で死亡されました。
1931年にアメリカ、オハイオ州の外科医グラハムによってこの病気が再発見され1939年イギリスの外科医ジョルにより橋本病と命名されました。橋本先生の没後のことです。先生の伝記等については三男橋本和夫(金沢大医名誉教授)による文献が存在します。
(4)無痛性甲状腺炎
甲状腺に認められる、組織の破壊に起因する一過性の炎症である。亜急性甲状腺炎と異なり疼痛は認めない。いずれも破壊性甲状腺炎と呼ぶ。出産後に発症するケースと出産に関係ないケースがある。甲状腺内には約2ヶ月分の甲状腺ホルモンが貯蔵されているため、30~60日続くホルモンの上昇の後、低下症が出現し4~6ヶ月の経過で正常化することが多いが、低下症が継続することもある。しばしばバセドウ病と誤診されるが、TRAbが陰性であることから鑑別出来る。
検査では初期にFT4、FT3、CRPが上昇し、TSHは低下する。原則的には治療は必要ない。動悸が強い時にはβ-blockerや回復期の低下症状が強い時には甲状腺ホルモン剤の処方も必要となる。抗甲状腺薬は無効である。数か月~数年後に繰り返し発症することもある。
●特殊なケース
(1)甲状腺微小癌
(2)バセドウ病眼症
(3)甲状腺疾患と妊娠
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